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<事例研究>リフレ政策の歴史を振り返る(1)

2018/10/05
 
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経済学修士取得。 今は金融業界で営業として働くサラリーマンです。 リサーチ職(エコノミスト)、経済学博士取得を目指して奮闘中。

こんばんは、サーズです。

今日は、アベノミクスの理論的な支柱となっている、リフレ政策について、

過去の事例を取り上げてみたいと思います。

 

リフレーションとは

リフレーション(reflation)政策とは、デフレ下でインフレを起こして景気を回復させること。

re(再)とinflationを組み合わせた造語なんですかね。

リフレーションそのものは、”デフレから抜け出たが、本格的なインフレーションには達していない状態”のことを指すようです。

アベノミクスでは、物価水準を2%にしようと大規模な金融緩和策を講じていますが、

まさにこれがリフレーション政策そのものですね。

そもそもリフレ政策は本当に効果があるのか?どうやって実行するのか?と大論争が起きていましたが、

今ではそれも沈静化しつつあるように思います。

ここでは事例をとりあげてみます。

・1931年 高橋財政(日本)

・1933年 ニューディール政策(アメリカ)

 

日本:高橋財政

 

1913年以降数次にわたり蔵相をつとめた高橋是清の主導した財政政策。
とくに満州事変以後2・26事件で暗殺されるまでの後期高橋財政の時期を指す場合が多い。犬養・斎藤・岡田内閣の後期高橋財政(31年‐)は昭和恐慌の中での金輸出再禁止,国債発行による財源調達,スペンディングポリシーの採用が特徴で,日銀券発行限度を引上げた上で日銀に国債を引受けさせて,財源調達と同時に国債市中消化を円滑にさせた。その結果,世界恐慌の中で日本は一足速く景気が回復したが,その間に満州事変後の軍事費増強を求める軍部と衝突し,1936年度予算編成で軍事費を厳しく査定しようとして高橋は暗殺され,終焉した。

(参考)

 

金本位制を放棄して管理通貨制度に移行したことで、『金の保有量』に制約されないフレキシブル(柔軟)な積極財政政策を行いやすくなり、大量の国公債発行による公共事業や軍事への投資が可能になりました。高橋是清はケインズ政策の先駆けとも言える公共事業・軍事予算を活用した『積極財政政策』を実行して、大量の国際を日銀に引き受けさせることで財政規模を拡大しましたが、国債・通貨の大量発行によってインフレが発生してデフレスパイラルの大不況を離脱する原動力となりました。国民経済を破綻させないレベルのマイルドなインフレを発生させることで、デフレスパイラルによる物価・労賃の下落や雇用の減少を堰き止めることができるのですが、これを『リフレーション政策・インフレターゲット』といいます。

(参考)

 

アメリカ:ニューディール政策

 

ニューディール政策(ニューディールせいさく、New Deal)は、1930年代にアメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトが世界恐慌を克服するために行った一連の経済政策である。

ニューディール政策はそれまでアメリカの歴代政権が取ってきた、市場への政府の介入も経済政策も限定的にとどめる古典的な自由主義的経済政策から、政府が市場経済に積極的に関与する政策へと転換したものであり、第二次世界大戦後の資本主義国の経済政策に大きな影響を与えた。世界で初めてジョン・メイナード・ケインズの理論を取り入れたと言われる。

 

ルーズベルトは大統領就任前のラジオでの選挙演説で「大統領に就任したら、1年以内に恐慌前の物価水準に戻す」と宣言した[3]。ルーズベルトは1933年3月4日に大統領に就任すると、翌日には日曜日にもかかわらず「対敵通商法」に基づき国内の全銀行を休業させ、ラジオ演説で1週間以内に全ての銀行の経営実態を調査させ預金の安全を保障することを約束し、銀行の取り付け騒ぎは収束の方向に向かった。ルーズベルトは1933年に大統領に就任後、ただちに大胆な金融緩和を行ったため信用収縮が止まっている[4]。

ルーズベルトは、次に述べる100日間の直後にグラス・スティーガル法を制定して、この約束を果たした(連邦預金保険公社の設立と銀証分離[5])。

更に議会に働きかけて矢継ぎ早に景気回復や雇用確保の新政策を審議させ、最初の100日間でこれらを制定させた[6]。

TVAの公共事業に従事する労働者
緊急銀行救済法
TVA(テネシー川流域開発公社)などによる右写真のような公共事業
CCC(民間資源保存局)による大規模雇用
NIRA(全国産業復興法)による労働時間の短縮や超越論的賃金の確保
AAA(農業調整法)による生産量の調整
ワグナー法「全国労働関係法」による労働者の権利拡大

ニューディール政策については、その効果をめぐって、かなり賛否が分かれているようです。

こちらをご参考ください。

宇沢弘文は「結局は、ニューディール政策がどういう結果・成果をもたらしたかが解る前に第二次世界大戦に突入してしまった」と述べている[16]。また宇沢は「フリードマンが中心となって、ニューディール政策のすべてを否定する運動が展開された。ロナルド・レーガン政権の頃にはニューディール政策は完全に否定された」と述べている[17]。

経済学者の矢野浩一は「ニューディールは、『財政政策による効果が大きかった』と考えられてきたが、その後の研究で『金融政策・財政政策を組み合わせた政策パッケージ(ポリシーミックス)に効果があった』」と理解されるようになった」と指摘している[18]。矢野は「1937年にアメリカ政府は増税を実施し、FRBも金融を引き締めたために、1938年には景気が腰折れし、再度不況に突入した。これが『1937年の失敗』」と呼ばれる歴史的教訓である」と指摘している[18]。

 

まとめ

本格的な分析・考察はあまりにもボリューミーなので、今後の記事で書いていきます。(;´・ω・)

ここまでで簡単に感想をまとめると、

・アベノミクスでは金融政策ばかりが注目されていますが、今回記事で取り上げた二つの事例では、

大規模な財政政策と組み合わせた金融政策が行われており、それがリフレ政策であったこと

・財政政策と金融政策のどちらが重要かといった根本的な問題について現代でも賛否が分かれること

・世界恐慌では日米で似たような政策を取り、その直後までは似たような結果=インフレが起き、景気回復が見られましたが、

リーマンショックのときは日米でかなり違う結果になっていること

以上の点を改めて感じました。

今回も引用が多くなってしまいました汗

引き続き記事を書いていきます。

 

参考URL

リフレーション

ニューディール政策

高橋是清

【REPORT】アメリカ大恐慌とデフレーション-現代日本経済への教訓 (日本総研)

高橋財政で行った政策について詳しく教えて下さい!! (Yahoo!知恵袋)

 

 

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