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戦争と経済の関係 歴史を振り返る編

2018/09/26
 
この記事を書いている人 - WRITER -
経済学修士取得。 今は金融業界で営業として働くサラリーマンです。 リサーチ職(エコノミスト)、経済学博士取得を目指して奮闘中。

こんばんは、サーズです。

今日もこちらの本をとりあげます。

今回は読書メモです。

前回の記事はこちら。

戦争とGDPの関係

日本の場合

日本においては、どの戦争についても、戦争の遂行によって、実質GDPが上昇している。

しかし、日本が直接当事者となった日清戦争、日露戦争、太平洋戦争では、戦争終了後に反動が起こり、実質GDPの低下が見られた。

日清戦争、日露戦争は、日本が新興国として高い経済成長を実現している間に実施されており、戦費は経済の基礎体力の範囲内にギリギリ収まっている。後の太平洋戦争と比べれば、経済合理性のある戦争といってよい。

それでも、戦争終了後には、どちらも戦後不況ともいうべき不景気が発生。

太平洋戦争後の経済の縮小にいたっては、破壊的水準である。

一方、日本が直接戦争の当事者でない場合では、実質GDPは上昇している。

第一次世界大戦では、戦争開始直後から実質GDPが急上昇し、日本は空前絶後の好景気を謳歌した。

戦後の反動景気もあったが、それまでに得られた利益を比較すると完全にプラスだった。

当時日本は日英同盟を結んでいたため、連合国側として参戦しているが、アジア地域で大きな戦闘はなかった。

戦禍に見舞われた欧州の企業に代わり、日本企業には多数の注文が寄せられることになった。

米国の場合

基本的には、米国においても、戦争の遂行によって実質GDPが押し上げられ、

戦争の後には戦後不況と思われる戦後不況と思われる成長率鈍化が観察される点は同じ。

ただ、米国の場合、純粋に戦争の影響で経済成長が鈍化したのは、第二次世界大戦終了後だけ。

70年代を通じて米国を襲ったスタグフレーションの影響が大きく、ベトナム戦争はその一つの原因。

長期的なGDPを見ると、大きな戦争がなかった時期のほうが経済のパフォーマンスは良好だった。

戦争とインフレの関係

日本の場合

太平洋戦争によるインフレで物価は180倍に

太平洋戦争の戦費総額はGDPの約9倍だった。

このほとんどを国債の日銀直接引き受けによって賄ったため、財政インフレの発生は必至だった。

戦争期間を通じて3倍の物価上昇で済んでいたのは、国家による強力な価格統制があったから

どんなに価格統制を強化しても、貨幣の乱発と物価不足から来るインフレは進行しており、公示価格とは別の闇価格が形成された。

終戦から2か月たった1945年時点において、闇市価格と公定価格には15倍の差があった。

実質的に物価は45倍になっていた。

1952年までの間に、180倍になった。現金を持っていた人はほとんどの資産価値を失った。

米国の場合

1939年から1945年までの間に、物価は約1.4倍になった。

経済の基礎体力があり、通常の経済活動を制限することなく戦争を遂行した。

また国債も基本的には市場を通じて消化された。

ただFRBは政府の利払いを軽減すること、国債のスムーズな消化を目的に、金利が2.5%以上に上昇する場合には積極的な買いオペを行った。このためインフレが進んだ。

ベトナム戦争末期にはインフレに苦しんだ。1970年から1980年までの間に物価は2.5倍になった。

不況下のインフレ(スタグフレーション)

戦争と株価の関係

追記予定

まとめ

日本でも米国でも、戦争の遂行によって実質GDPが押し上げられ、戦後不況と思われる成長率鈍化が観察された。

また、戦費の調達のための国債発行、実需増によるインフレも観察された。

今日は以上です!

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